我名は象山(ゾウザン)


丸山楽雲著 定価 5,000円+送料

NHKの2016年大河ドラマ「真田丸」の最終回に「ショウザン」の呼称がまた流れた。県歌「信濃の国」では「ゾウザン」、県行政はどちらでも良いという。

幕末日本の大先覚者佐久間象山(ゾウザン)先生の呼称はいつ頃からか「ショウザン」になってしまった。マスコミ、出版業界などは教科書に準ずるとしているが、事は人名(固有名詞)だけに呼称が変われば別人になってしまう。


象山先生は生前に「ショウザン」と呼ばれかねない事を危惧して「象は所蔵の反、山は参なりと知るべし」の紙片を寺に残した。反切法による読み方を以って自号の読み方を示したのである。それにもかかわらず自筆の「ショウザン」ルビだとする紙片がまことしやかに取り上げられている。著者はこのルビの紙片は花岡なる者の書であることを明らかにした。他にも「避諱」の作法や漢音読みが合理的だなどとする説を「上皇」など呉音+漢音である例を上げて象山(ゾウザン)呼称の正当性を明らかにした。また何よりも真跡が無いとされてきた自筆の「象山説」の軸を探し求めて解説している。象山先生提出の問は「反切」の解答である。

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2017年1月19日 松本平タウン情報に掲載されました

序文 丸山楽雲著『我名は象山』

本書は佐久間象山の呼称論争について、改めて一石を投じたものである。「しょうざん」の呼称に対して、著者は「ぞうざん」説を採る。どちらでもよいではないか、というのは世間一般の考えであるが、事は学問的芸術的考察の問題である。本書の執筆動機のひとつは、権威主義によって不十分な学説が押しつけられることに対する異議である。真理は権威によって押し曲げられてはならない。真理を語る者こそが権威である。

この論争は古くからあったようであるが、本書のきっかけの一つは、1982年に「しょうざん」説が新聞の文化欄で発表されたことである(信濃毎日新聞、昭和57年6月11日)。そこで「しょうざん」説の根拠として、象山が書いたとされる二つの資料(神社の大幟の下書きの振り仮名と、松代のお寺に奉納した経文の添書)の解釈が示された。著者はこの二つの資料に対する分析解釈とその他傍証をもって、「ぞうざん」の呼称こそが象山自身の決めた読み方であると論証している。とりわけ、添書における呼称の「反切」読みについての新たな解釈による著者の論証は、これまでの「しょうざん」説の解釈が誤りであると、初めて示したものである。

本書は、「しょうざん」説の論拠とされる二点を誤謬的解釈だと論破したものである。詳しくは本書を一読願うとして、著者の分析の基礎としての漢学の素養、書の字体の分析、幟の書を含めた漢詩等の知識、また象山が関わった政治的状況などの知識は、「しょうざん」説を支持する漢学者たちの専門性より遥かに広い視野を持っており、議論に説得性を与えている。

もし、新聞文化欄で「しょうざん」説を発表したときに、その論者に学問的慎重さがあれば、自説はあくまで仮説であると言うに止めておくべきだったであろうし、長野県の小中学校や象山の地元の松代でしか「ぞうざん」と呼んでいないから、信濃教育会の名前で「しょうざん」に呼称を訂正すべきだという、いかにも中央指向型の権威主義的言辞がなければ、その後、本書が反証として書かれる必要もなかったであろう。しかし、本書が書かれたことは、結局、真理の探究のプロセスあるいは知的謎解きの楽しみとして、ひとつの成果と言えるであろう。

社会的経済学者 石塚秀雄


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