篆刻とは

篆刻とは判(はん)のように文字を逆さに彫り、押して楽しむ、あるいは証明するものを作ることです。言い換えれば石の上に印の様式を借り、字形、線質や構成を主とした、彫って使える書作品であると言えるでしょう。ですから彫られた文字は「用美一体」であり、製作者の美的感性が強くにじみ出てくるものなのです。

■篆刻の歴史

篆刻篆刻は古代中国の殷時代(紀元前約1700~紀元前約1100)にさかのぼります。二千年前の漢時代にはすでに「印制」といわれる制度が発達しており、官職名を彫った官印を中心にして重要な認証の役割を果たしていました。またその文字や字の組み方などは極めて芸術性に富み、高度な格式のものでもありました。

時代が下がるに従って、その内容は劣るものとなりますが、宋代から明代に入ると文人が多く輩出する様になり、その書画に署名し、自ら彫った私印を多く用いるようになり、非常な勢いで発展をとげました。篆刻の名称が用いられるようになったのもこの頃です。清朝に入ってさらに隆盛を極め、篆刻の専門家も多く出ています。

我国でも中国の影響をうけて江戸時代の初期頃より学者、文人墨客がこれを試みるようになり、現代では書の一分野として書道展にも出品され、その技を競うようにもなりました。

篆刻の「篆」は秦時代に用いられていた篆書という字体の意味ですが、広義的には文字を書くという意味でもあります。ですから篆書を彫るということだけでなく、あらゆる字を彫ると考えても間違いではなく、肖生(象形)印といって動物や種々の絵を彫ったものも古代にあります。ただ古来からの印の形式、方法を用いるので、あくまでも逆字で掘って押すと正字に見えることが条件です。堅くるしく考えずに、きわめて自由に発想しても良いでしょう。

■篆刻の特徴としては朱文(陽文)と白文(陰文)があります。

篆刻ふだん実印や認印として使用しているものは文字が朱色に出ますので朱文と言います。自分の好みで作れば良いので、どんなものでなくてはいけないという様なものではなく、自由なものです。使用目的によっていろいろな形式のものがつくれます。まず第一に書画に用いる落款印、これに準ずる引首印、押脚印、遊印など。また自分の蔵書に押す為の蔵書印や、年賀状、寺社の印等さまざまです。形も正方形の外にも円、長方形、だ円形、自然形、八角形、五角形等や、ひょうたん、香炉、扇面形、富士山、古銭形と数多く、自分の好みの形に彫るのも楽しいものです。また作品にそれらを使用する楽しみも有ります。正に篆刻は「用美一体」なのです。用のみであったり、美のみと言うのは現代社会の病であると知らなくてはならないでしょう。

■いい雅印の選び方

いい書とうまい書とは違います。印も同じことです。「書いても彫っても書は書」なのです。視覚的にうまいというだけの、テクニシャンな作品はどこにでも溢れています。心を通してみることが大切です。「心」と言っても漠然としていますが、次の様な心を現す言葉の意味をどれだけ含んでいるかでみると良いでしょう。例えば「素朴、素直」の様にです。その反対の意味を現す言葉もあります。虚色が多く、変に曲ったり不自然な癖があったりなどです。社会のグローバル化によって芸術の審美眼も多様化してきていますが、「伝統」のことばの一人歩きではなく、印や書の古典をきっちりと修め、且つ現代という時代の息吹を吹きかけたものであることです。伝統無視も伝統に過ぎるのも良くないでしょう。清新さが大切なのです。(対義語は陳腐)。

篆刻書道に病筆がある様に、篆刻も病刀とか、病刻と言えるものがあると私は考えます。よく展覧会でみられる様な、線がトゲトゲして鋭利すぎるもの、つまり先が切れるような、刺さるようなものは良くないと中国では言われています。日本人の印にはこれが多いのです。「刀の切れ味、線の切れ」を勘違いした蘊蓄の無い薄っぺらなものです。また各書体によって、その書体の線質が有ります。金文も小篆も、印篆も同一の線質で彫られている作品が展覧会の主流を占めていますが、これは先生の手本そっくりさんと何ら変りません。大量入選用展覧会むき作品で師風の追従でしかないのです。そのような刻風の印が皆さんの作品に調和すると思われますか・・・?

我国を代表するマンモス書道展が生み出した権威と、その追従者達の作品は強大な組織力によって保持されています。実権者没後は途端に追従者達の作品は別人の様に迷走します。ここでは勝ち抜き戦に残らなければいけません。

私は芸術で一番大事なことは「雅俗分明」の理念を体現することだと思っています。陶渕明の隠逸を慕い、良寛和尚の空霊な意境を求めて書壇を去り中国の師友に学び、国際展出品に切り換えて35年近くなりました。

■雅印を選ぶ場合は、やはりその文字が示す様に「雅」だろうと思います

「雅味」即ち上品で風流な趣でしょう。少しの俗気も無い「清新」さなのです。私は古典からその「清新」さを学んでいます。いい書画、いい印はいつの時代でも清新でした。故に古典と言えるのです。いい印は正に作品の命と言われています。この機会に清新、汲古創新(私の造語)な印を先ず入手してみて下さい。そこから見えて来る世界をお知らせください。

楽雲九拝

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